【アイマス】隣にいるから【しずしほ】

ちょっと書き方を変えてみました。

　誰かと一緒にいたいと望むことは、難しくはない。側にいようと、努力するのも難しくはない。

　ただ、相手にそれを求められるようになるのは、凄く難しいから。私の心は、いつも逃げ道を探している。

　　　　　隣にいるから

　出会った時の印象は、良い方ではなかった。

　隣で笑い合える関係になって、頼れる関係になった今でも、あの時のことは思い出せる。

　ただ冷静に。いっそ冷たいとそのまま表現した方が早い顔で、彼女はその場に存在した。

　アイドルになるという、輝かしい夢が目の前にあるのに、喜びの表情を浮かべているわけでもない。みんなのようにはしゃぐこともなく、ただの通過点としてしか見ていないように、私には感じた。

　だからこそ、気に入らなかった。みんな夢を見て、今日の為に努力を重ねて、それがやっと実った瞬間なのに。もう少し、喜んでもいいんじゃないのって、その横顔をにらみ付けてしまった。

　それに反応してもらえたのなら、私の印象は変わっていたのかもしれない。

　けれど、そんな予想に反して、彼女は取り出したスマートフォンをいじっているだけ。周りに溶け込もうとはせず、誰かに喜びを伝えている雰囲気もない。

　正直、呆れたわ。こんな子が受かっているという現実に。父を説得してまでここに立った、私の努力を返して欲しいって思った。

「当時の静香から見れば、当然の話でしょうね。私は何も教えていなかったし、静香のことを何も知らなかったのだから」

　当時の思い出を語る私の言葉に、彼女がうなずき以外の反応をくれる。

　その言葉は事実を確認しているだけのもので、過去の私であれば、そこにある冷たさを探し、噛み付いていることでしょう。

　どうして、そんな言い方しか出来ないの？　協調性を少しは学びなさいと、一方的な言葉を並べていることでしょう。

　その言葉自体、間違っているものだとは思わないけれど、正解ではないことに私は気付けたから。今この場で発したりすることはない。

　みんな、事情がある。全く違う環境で育ち、別の理由でアイドルを目指している。

　アイドルを目標としている子もいれば、アイドルを通過点とみなして、その先にあるものを目標にしている子もいる。

　他にやっていたことを辞めて、アイドルと言う世界に飛び込んできた人もいる。

　そんな当たり前のこと、考えなくても分かりそうなこと。だからこそ、私は忘れていた。自分の状況だけに必死になって、本当の意味で周りを見ていなかったのは、私なのでしょう。

「そうかしら？　本当に自分のことしか考えていなかったのなら、誰も静香を頼ったりはしないでしょ？」

　変わることなく、彼女の言葉は冷たい。事実を確認することしかせず、大丈夫だと、励ましてくれたりはしない。

　ただ、それこそが彼女の優しさであり、甘やかすのとは違うと、私に伝えてくれる。側にいるからこそ分かる、冷たいままの優しさ。彼女だけが持つ、私を惹きつけるもの。

　第一、あの頃は未来が騒がしかっただけで、進んで誰かの手助けをしたことはなかったわ。自分のことで手一杯だったのは事実で、意味もなく焦るだけの、恥ずかしい思い出だって沢山ある。

　そのほとんどに、彼女が関わっているのは偶然なのか、それとも彼女なりの気遣いだったのか。これだけは、今の私でも分からない。

　今でなら喜べるその状況も、当時の私にとっては、苛立ちの原因としかならなかった。

「別に、同じ事務所なんだから。おかしな話だとは思わないけど？」

　そうなのかしら？　ううん、それだけを理由にするのは、ちょっと違わない？

　志保は家族のことを大切にしているから、可能な限り早く帰ろうとしていたでしょ？　予定していなければ、自主レッスンで残ったりしていなかったはずよ？

「……喋るんじゃなかった。そう後悔する日がくるって、分かってたわ」

　素敵なことじゃない、家族の仲が良いって。私は、志保のそういうところも好きよ？

　それに、別にサボっていたなんて言ってないでしょ？　早めにきてレッスンしてるのも、予定さえ問題なければ、遅くまで残っていたのも、全部知っているんだから。今更、誤魔化したりは無しよ？　そんなに浅い関係だなんて、思ってないんだから。

「静香も同じでしょ？　誤魔化しても分かるようなことで、無駄に足掻いたりはしないわ」

　そうね。長いとは言えない期間だけれど、散々ぶつかってきたもの。口にしなくても、それなりには伝わってしまう。

　伝わってしまうのなら、無理に誤魔化す必要もないし、隠そうとしたところでムダだから。素直に話せる相手がいるって、恵まれているわね。

「遠慮しなくていいってのも、追加して良いんじゃない？」

　確かに、それはあるのかもしれないわね。最初の頃に比べて、口に出す言葉が遠慮を失ってきたように思える。

　ただ、それは相手のことが分かってきたから、伝えるべきだと感じるようになったから、口にするもの。相手を傷つけることを望まず、真っ直ぐ伝えれば、受け取ってもらえると分かったから。

「みんな上を目指しているんだから、当然よね。そうでないなら、ここにはいないはずだから」

　トップアイドルを目指す。それが共通の目的であり、今笑い合っている私達が、身近なライバルであることに変わりはない。切磋琢磨する仲であり、仕事を奪い合う仲間でもある。

　その関係に笑顔で応えられるか、難しい顔で答えているか、その違いが過去からの成長。急ぐ必要があっても、焦る必要はない。時には無理をすることがあっても、無茶をしてはいけない。

　頭では分かっていたはずのこと。それを実現できるようになるには、それなりの時間が必要だったと言う、どうしようもない現実。

　悪いとは言わない。ただ、もっと早く辿り着いておくべきだったと、今の私は後悔も出来る。

「静香は頑張っていたわ。歌についてはみんな認めてくれるだろうし、他の所だって頑張ってるのを知っている。これ以上を望むのなら、倒れていたのかもしれないわ」

　分かってるわ。あくまで、想像の話でしかないことも、分かってる。

　ただ、それでも思うのよ。もっと早く考え方を変えていれば、自分を変える努力をしていれば、楽しかったのにって。

「想像でしかないと分かっているなら、考えるだけ時間の無駄よ。今だって、レッスンの合間でしかないんだから、頭も休めたら？」

　背中越しに伝わってくる振動。背中を通して伝わる、彼女の鼓動。そのどちらも悪くはなく、ずっとこのままでいたい誘惑を感じてしまう。そんなつもりはないんだろうけど、何か安心出来るものを持っているのかしら？

　私の持ち得ない、彼女だけのもの。そこに惹かれているのは否定のしようもなくて、私の心もイヤがっている。

　だからこそ、勿体無いわ。過去の私は、どうして無意味なことに拘り続けたのかしら？

「意味のない拘りなんて、ないはずよ。そういったところにこそ、本当に大切にしているものが、表れるんじゃないかしら？　静香のそういうところ、嫌いじゃないから。否定しないで欲しい」

　これよ、これ。無意味に拘った結果として、こんな可愛い志保が見られなかったのよ？　どう考えても、損しているとしか思えないわ。

　私の言葉を柔らかく受け止めてくれる、こんな可愛い彼女を見られなかったんだから、過去の私は損をしていたのよ。

　後悔をしないように、頑張っていたつもりだったけど、つもりじゃダメだったのよ。頑張ればいいだなんて、それだけでは甘かったんだわ。

　確かな未来を掴むためには、明確な目標を立てることが必要。言われてみれば、分かることなのにね。

「静香がここまでダメだとは、過去の私は思いもしなかったでしょうね。どうしたの、頭でもぶつけた？」

　私はいたって正常よ。可愛いものを可愛いと言って、何が悪いのかしら？　どれだけ否定されようとも、事実は変わらないわ。

　意地を張らずに、心の感じるままに表現する。歌で学んだ大切なことは、普段の生活にもいかしていかないとね。

　大体、志保が悪いのよ？　こんなにもカワイイ姿、私から隠そうとしたんだから。ちょっと愛でたくらいで、許したりはしないんだから。

「仕方ないわね。愛でられる前に、レッスンに戻るとするわ。もう、十分でしょ？」

　話は終わってないけど……まぁ、いいわ。

　十分に休んだから、この話はレッスンの後にでも続けましょう。ライブまで時間もないし、レッスンも、私生活も充実させて見せるわ。

　

――私の輝きは、あなたと共に