ここは「魔法少女リリカルなのは」の2次SSをメインとしています。
※ 百合思考です。
最近は、なのは以外も書き始めました。
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らさ
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38
性別:
男性
誕生日:
1986/07/28
趣味:
SS書き・ステカつくり
自己紹介:
コメントを頂けると泣いて喜びます。
リンクフリーです。
ご報告頂けたら相互させて頂きます。
メールアドレス
yakisoba_pan◇hotmail.co.jp
◇を@に変えて下さい
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恥ずかしいので止めて ^^;
ユニゾンイン2お疲れ様です
誰得のガジェット本、意外程にお買い上げいただきました ><)/
たまには欲望に走るのも良いですね
(いつものコトだからねw)
さて、ココからは3月のヴォーパラを目指し、頑張るぉ
そんな感じで、ミク&ハク 【前奏曲】です。
コピ本に収まる予定の第1話目となります。
お時間がありましたら、どうぞ~
誰得のガジェット本、意外程にお買い上げいただきました ><)/
たまには欲望に走るのも良いですね
(いつものコトだからねw)
さて、ココからは3月のヴォーパラを目指し、頑張るぉ
そんな感じで、ミク&ハク 【前奏曲】です。
コピ本に収まる予定の第1話目となります。
お時間がありましたら、どうぞ~
とある小さな町。
世界からすれば、とるに足らず。歴史からすれば、塵のような時間。
のどかに時が流れ、花が笑い、人が行きかう町。
そんな町に彼女達は住んでいる。
ヴォーカロイドと呼ばれ、歌と共に生きることを選択した者。
彼女達の奏でる優しい旋律は人々を癒し、悲しいメロディは涙を誘う。ノリのよいテンポで人々を湧かし、重厚な音で奮い立たせる。
時に優雅に、時に切なく。つむがれる歌は心へと届けられる。
歌うことが大好きで、歌に掛けているヴォーカロイド達。
そんな中、1人だけ見劣りしてしまう女性がいた。
歌が下手なわけではない。見た目だって麗しい。ダンスが苦手でもなければ、楽器の演奏だって上手。声だって、響く方だ。
しかし、周りが上手過ぎた。とある失敗以降、元々伏し目がちだった彼女は、舌を向いて生きることを選び、取り残されてしまった。
彼女の名前は弱音ハク。
ヴォーカロイドの中で唯一、歌うことを諦めた者。渇望しながらも、諦めた者。
コレはそんな彼女の1日を記した物語である。
◇
晩御飯の準備は終わりました。洗濯物も取り込んで、畳みました。
お掃除は終わり、ピカピカになりました。お風呂のお湯だって、張ってあります。
後は、みなさんが帰ってきた時にお迎えするだけ。
「ふぅ……遅いですね」
闇の帳が降り、既に真っ暗。ご近所さんからは美味しそうな匂いがします。
遠くの街でのコンサート。そこへ招待されたヴォーカロイド一家。カイトさん達にはお誘い頂きましたが、私は辞退しました。
家事だってありますし、私は歌いませんから……。
「お役に立ちたいんです」
何の間違いかは分かりませんが、私はカイトさんやメイコさん達と同く、ヴォーカロイドです。
本来ならば、喜び勇んで参加するべきなのでしょう。
大きなホールで、沢山のお客様に聞いて頂く。私でも、夢に見たことのある光景です。
でも、それでも……。
「歌うことが、出来ませんでした」
思い出しただけでも、震えてしまいそうになります。
大勢の前に立ち、マイクを構え歌おうとしたあの瞬間を。
曲が始まった途端、目の前が真っ白になり、情けなくも気絶してしまった。
それが私のデビューでした。
それなのに目覚めた時、最初に耳にしたのは私を心配してくれている声でした。優しくて温かい、家族の声でした。
カイトさん、メイコさん、ミクさん……誰も、怒っていませんでした。
ただ心配されただけで、ただ優しくしていただいただけ――そう、誰1人として、私を怒ったり、罵る方はいらっしゃいませんでした。
「それで、諦めてしまったのでしょうか?」
歌うことは苦手です。人前で話すことだって苦手です。
でも、私はみなさんのようになりたかった。
歌で誰かの心を支え、歌で誰かの力になりたかった。
自惚れるつもりはありません。私は、みなさんより劣っています。
それでも、私は伝えたかった。
歌の素晴らしさを知って頂き、歌による感動を届けたかった。
ずっと、夢を見ていました。
ステージに立ち、熱気と興奮に包まれる日を。
ずっと、憧れを抱いていました。
みなさんと同じ舞台に立ち、頑張れる日々を。
「結局、夢は夢で終わりましたけど……」
そう、あの日で私の夢は終わった。
そう、あの時に私は夢を手放してしまったのです。
夢を見て、上を向いていた私は終わった。
情けなかった。悔しかった。
何故、歌えなかったのだろう?
苦しかった。悲しかった。
何故、歌えなかったのだろう?
私は、私自身を甘やかした。私は、私自身に失望してしまった。
みなさんの優しさに浸り、堕落する道を選んでしまいました――
◇
1度は手放してしまった夢。自ら止めてしまった歩み。
それでも、諦めきれませんでした。
それなのに、私は歌を諦めていませんでした。
歌うのは嫌なのに――
歌うのなんて、嫌なはずだったのに――
私はまだ、みなさんと歌いたいと願っています。
叶うはずない夢なのに、追いかけてしまいます。
譜面を追いかけている時、楽しかったです。
押入れの奥に隠しましたけど……。
だって、みっともないから。
歌っている時、とても楽しかったです。
誰にも聞こえないように、こっそりと歌いますけど……。
だって、恥ずかしいですから。
「コレだって、その惰性ですね」
仕事と仕事の僅かな合間。誰も家にいない時に、こっそりとやる私の楽しみ。
観客もなく、ステージもない。
これが、みんなさんと私の違い。覚悟の差です。
喉を慣らしながら、チューニング。うん、こんなものですね。
初めは難しかった作業も、慣れてしまえばどうってことはありません。
誰もいない家で1人。寂しく、ギターを弾く。
『ゆっくり歩こう、明日があるさ』
前を向けば何かが変わるのでしょうか?
私でも、変わることは出来るのでしょうか?
『大丈夫、私がいつも傍にいるよ』
誰か一緒にいて頂けるのでしょうか?
こんな私にも、傍にいてくれる方はいらっしゃるのでしょうか?
『アナタを離したりなんてしない』
私が傍にいても良いですか?
あなた達の家族だと、そう思っていても良いですか?
『ゆっくり歩こう、朝はくるさ』
明日は今日より素敵になりますか?
そこに、私を含んでもよろしいですか?
『大丈夫、心配なんてないよ』
本当にそうでしょうか?
心配をする必要がないのか、心配すら出来ないのか……現実はどこまでも冷たくて、正直です。
『アナタはいつでも1人じゃない』
それでも、明日を目指せるのでしょうか?
明日を信じて、努力するのでしょうか?
『瞳を曇らせずに、上を見て』
毎日何かが変わる。そんな激動の日々はいりません。
みなさんの歌を聞いて、みなさんのお世話をして、ほんのちょっと笑えれば良い。
そんな毎日が愛おしいのです。
『顔を伏せずに、前を向いて』
大輪を咲かせる花。心を魅了して離さない光景。
それも悪くはありませんが……。
道端に咲く、小さな花。それを美しいと思える心を忘れたくありません。
『アナタの声は風になる』
日常にある小さな幸せ。傍にある、小さな変化。
それに気付けなくなるのは悲しい。
『アナタの笑顔は太陽になる』
この歌は優しいですね。全てを受け入れてくれるようです。
『私は知っているよ』
大人しいメロディに、主張することのない歌詞。
ただひっそりと、ゆっくりと安心させる歌。
『信じて……』
みなさんのお手伝いがしたくて、ギターを覚えました。
でも、歌うことは出来ません。ごめんなさい。
みなさんの負担を減らしたくて、家事をやらせて頂いてます。
でも、歌うことは出来ません。ごめんなさい。
みなさんのお手伝いがしたくて、ピアノも覚えました。
でも、歌うことはできません。ごめんなさい。
みなさんの笑顔が見たくて、色々と頑張りました。
でも……それでも、歌だけは無理なんです。
『感じて……』
感じれば、悩まなくてすみますか?
信じれば、悩まなくてすみますか?
ウソ、ですね。
『だって、アナタは私の家族だから――』
私だってヴォーカロイドなのに、歌えません。
私はヴォーカロイドなのに、歌わない。
それでも、家族と呼んで頂けますか?
私は、この家にいてもよろしいでしょうか?
「ふぅ……やはり良いですね」
誰かの前で歌うなんて出来ません。
だって、下手ですから。
家族の前では歌えません。
だって、聞き苦しいですから。
誰にも、聞かれたくありません。
だって、自信ないんです。
だから、こっそりと練習します。
無謀なのは、分かっています。無茶だということも、理解しています。
それでも――
「いつか、みなさんと一緒に歌いたいです」
私の夢。たった1つの夢。
私の意味。ヴォーカロイドとしての意味。
いつか、遠い未来。ずっとずっと先で良いから、叶いますように。
◇
「お疲れ様ー」
ワゴン車2台を使っての大移動。私達にしては珍しく、バラバラになることもなく、同じ会場で歌うことが出来た。
ん~、あんだけ傍で聞かされたら、考えちゃうよね。
それにしても、メイコ姉さんやルカさんは凄いよ。
私はまだ、あんなに響く声を出せないよ。もっと、練習しないとね。
カイト兄さんと、ガクポさんだって凄かった。
男性特有だからと言われれば、終わりなんだけど。声の厚みが凄すぎるよ。
聞き慣れているはずなのに、お腹に響く音、ビックリしたもん。
他のみんなだって、個性がにじみ出てる。
ふふ、私だけ置いていかれるわけにはいかないもんね。
負けないよ。
「ミクさん、お疲れ様でしたっ」
そういえば、今回が初参加の家族もいたね。
「お疲れ様です、グミさん」
ガクポさんと同じ出身となる、グミさん。
2人ともガクッポイド、メグッポイドって本名があるのに、あまり好きではないみたい。
どうしてかな? 私は好きなんだけど。
「いやー、もう感動しっぱなしでした!」
勢いのある音楽に負けない声。どんな音量にも負けることのない声。
新人さんって言うには実力も、迫力もありすぎですよ。
「ヴォーカロイドの一員として迎えて貰えただけじゃなく、一緒に歌えるなんて。もう、感動で泣きそうでした!」
それにしても、相変わらずウチの家族は不思議だよね。
オーディションでもなく、事務所に雇われているわけでもないのに……みんな、自然と集まった。
誰に声をかけられたわけでもない、誰かに誘われたわけでもない。
何かに導かれるように、あらかじめ決まっていたことのように、あの家に集まってくる。
そういえばリンちゃん達は、気付けば一緒にお菓子を食べていたっけ?
ルカさんは台所でハクさんと料理をしていたし、驚いても良いよね?
――まぁ、私だって目が覚めたら部屋にいたし、今更だけどね。
家族が突然増えるなんて、普通じゃない。
だけど、慣れてしまえば気にならないし、何より楽しいから良いのかなって思っちゃう。
「みなさんに負けないように元気に頑張りますので、これからもよろしくお願いしますっ!」
元気。メグポさんを表す一言はコレで決まりだね。
明日からはもっと楽しい毎日が待っていそう。そんな予感がする。
「よろしくお願いしますね、メグポさん」
そのまま後ろの席へと移動する彼女を見送る。
それにしても、あのスタイルは羨ましい。
……そういえば、ハクさん何してるのかな?
ちょっと、心配だな。
あのライブ以降、顔を伏せてしまった彼女。
元気になって欲しい、笑って欲しい。いつもの困ったような笑顔ではなく、本当の笑顔を見せて欲しい。
そう願っているんだけどね。カイト兄さんに相談したら、周りがどうにか出来る問題ではないなんて言われちゃった。
勿論、私だって分かってるよ。まだ子供かもしれないけど、ちゃんと分かっているつもり。
きっかけなら私達が作れるけど……努力するのも、苦しむのもハクさんだもん。
せめて、せめて彼女が歌さえ歌ってくれれば、私でも手伝えるかもしれないのに――
◇
「あれ? どうしてココで止まっちゃうの?」
考え事をしていた私は、車が変なところで止まっていることに気付いた。
私達の家が見渡せる……そんな不思議な距離で車が止まっていた。
別にガソリンがなくなっちゃったわけでもないみたいだし、故障したわけでもないよね。
「ふふ……ミク、静かにしていられるなら付いておいで」
「別に騒いだりはしないけど、どこに行くの?」
眠ってしまった双子の子守をグミさんにお願いし、私達は車の外へ出る。
すっかり暗くなってしまった辺りから美味しそうな匂いや、楽しそうな会話が聞こえてきた。
いつも通りの時間に帰宅していたら、コレに出会うこともなかったのかなぁ。
みんなで食べるご飯。みんなが幸せを感じている一時。
って、あれ?
「これは、ギター?」
家族達の談笑に混ざり、静かに聞こえてくる音。多分、アコースティックだよね?
最近耳に馴染んできたこの音。そしてこの独特の柔らかい音は、ハクさんかな?
ちょっと自信がなかったけど、メイコ姉さんの笑顔で確信に変わった。
間違いない、弾いているのはハクさんだ。
そして、風にのって聞こえるのは……。
「時折練習していたのは知っておったが……ふっ、中々どうして。心に響いてくるではないか」
私の横ではガクポさんが感動し、涙を流していた。
もー、どうして、こうネタ体質なのかな?
ソレを治さないと、いつまでもメイコ姉さん達にいじめられるよ?
「彼女に必要なのは、自信なんだ。どんな時でも自分を信じ、家族を信じる。それさえ出来れば、彼女は歌える」
前を向いたまま、悔しそうにカイト兄さんが呟く。
その手が真っ白になるほど握り締められていて、私はちょっと安心した。
なーんだ、心配してたのはみんな一緒だったんだね。考え方や、やり方が違っても大切に思っていたんだよね。
家に近づく度に、ちょっとずつ大きくなる歌声。
迷っていたり、悲しい時の声に似ている。
泣きそうだったり、逃げたい時の声だよね。
でも、他にも何か温かくなるような思いも混ざっている?
そっと顔を出して、覗いてみる。
目をつぶったハクさんが、たった1人。縁側に腰掛けたまま、歌っていた。
声の大きさが不均一だったり、時々迷ったりしているみたいだけど――笑顔で楽しそうに歌っている。
誰が作ったのか疑いたくなるような稚拙な歌詞。カイト兄さんにも、メイコ姉さんにも作詞は分からないはず。
だけど、私だけはこのフレーズに聞き覚えがあった。
ちょっとだけ前に私が作った歌詞だから、ね。
あの頃はスランプ気味で、毎日がブルーだった。
毎日が苦しくて、泣き出しそうになって、どこかへ逃げたかった。
世界が色褪せて、自分の未熟さばかり目立って――消えてしまいたかった。
でも、そんな時に彼女が助けてくれた。
温かい言葉をかけてもらったわけでもない。叱咤激励されたわけでもない。
抱きしめられたわけでも、励まされたわけでもない。
ただ、ずっと傍にいてくれた。
何も言わずに、コッチが心配してしまいそうなくらい顔をして、傍にいてくれた。
歌いたいのに、歌えない。歌いたくなくても、歌わなきゃいけない。
頭の中でグルグルと周り、自分が誰かも分からなくなりそうだった。
気持ち悪くて、吐いちゃいそうで……その時になってやっと、一言だけくれた。
「歌は、楽しいですね」
ぎこちない笑顔で、泣きそうになりながら励ましてくれたの。
今更、何を言うのかって思ったよ?
ヴォーカロイドである私に、歌が好きで好きでたまらない私に、一体何を言うんだろうって思ったの。
でも、今なら分かる気がする。あの歌を歌ってくれている彼女を見れば、私にだって分かる。
凄く、怖かったはずなんだ。
人前で歌うことを止め、私達のバックアップに一生懸命だったハクさん。
どんなに忙しい時も、体調が悪い時だって、心配すらさせてくれなかったハクさん。
ずっと傍にいて、お喋りもせずに影のように支えてくれた。
そんな彼女が、声をかけてくれたんだ。
好き勝手やっていた私を、励ましてくれた。
自分がやりたかったことを、好き勝手している私を、励ましてくれたんだ。
もし、私が同じ立場だったら、そんなの無理だよ。
自分がやりたくても、我慢していること。過去に挫折してしまったこと。
ソレを好きにやっている人が落ち込んでたら、私には励ますなんて出来ないよ。
慰める以上の励まし方なんて、出来るわけないよ。
まぁ、そんなこともあって、私はハクさんの言葉で気付けたんだ。
歌えないから、苦しんでるんじゃない。
歌わないから苦しいの。
音が出なくて、苦しんでいるんじゃない。
音を出さないから苦しいの。
何よりも、楽しめていなかったからこそ、あんなにも苦しんだの。
楽しいはずの歌が義務になり、嫌だなぁなんて思っちゃったから苦しかったんだって。
その後、ハクさんにお礼の意味を込めて歌を送った。
だって、前を向いて欲しかったから。
生きるって楽しいんだよ?
だって、彼女の歌が聞きたかったから。
つまんないことなんてないよ?
◇
「こっそり練習してたのは知っていたけど、随分と上手になったな」
「ここまできてしまえば、後は本人次第ね。それが1番難しいのだけど……」
カイト兄さんと、メイコ姉さんのお墨付き。それで上手くないなんてことが、あるはずない。
そもそもハクさんは歌唱力だってあるし、声の迫力だってばっちりなのになぁ。
「私、一緒に歌いたいな」
そっか1人でダメなら、2人でやれば良いよね?
苦手なことだって、2人一緒ならきっと出来る。
一緒に歌おうよ――
世界からすれば、とるに足らず。歴史からすれば、塵のような時間。
のどかに時が流れ、花が笑い、人が行きかう町。
そんな町に彼女達は住んでいる。
ヴォーカロイドと呼ばれ、歌と共に生きることを選択した者。
彼女達の奏でる優しい旋律は人々を癒し、悲しいメロディは涙を誘う。ノリのよいテンポで人々を湧かし、重厚な音で奮い立たせる。
時に優雅に、時に切なく。つむがれる歌は心へと届けられる。
歌うことが大好きで、歌に掛けているヴォーカロイド達。
そんな中、1人だけ見劣りしてしまう女性がいた。
歌が下手なわけではない。見た目だって麗しい。ダンスが苦手でもなければ、楽器の演奏だって上手。声だって、響く方だ。
しかし、周りが上手過ぎた。とある失敗以降、元々伏し目がちだった彼女は、舌を向いて生きることを選び、取り残されてしまった。
彼女の名前は弱音ハク。
ヴォーカロイドの中で唯一、歌うことを諦めた者。渇望しながらも、諦めた者。
コレはそんな彼女の1日を記した物語である。
◇
晩御飯の準備は終わりました。洗濯物も取り込んで、畳みました。
お掃除は終わり、ピカピカになりました。お風呂のお湯だって、張ってあります。
後は、みなさんが帰ってきた時にお迎えするだけ。
「ふぅ……遅いですね」
闇の帳が降り、既に真っ暗。ご近所さんからは美味しそうな匂いがします。
遠くの街でのコンサート。そこへ招待されたヴォーカロイド一家。カイトさん達にはお誘い頂きましたが、私は辞退しました。
家事だってありますし、私は歌いませんから……。
「お役に立ちたいんです」
何の間違いかは分かりませんが、私はカイトさんやメイコさん達と同く、ヴォーカロイドです。
本来ならば、喜び勇んで参加するべきなのでしょう。
大きなホールで、沢山のお客様に聞いて頂く。私でも、夢に見たことのある光景です。
でも、それでも……。
「歌うことが、出来ませんでした」
思い出しただけでも、震えてしまいそうになります。
大勢の前に立ち、マイクを構え歌おうとしたあの瞬間を。
曲が始まった途端、目の前が真っ白になり、情けなくも気絶してしまった。
それが私のデビューでした。
それなのに目覚めた時、最初に耳にしたのは私を心配してくれている声でした。優しくて温かい、家族の声でした。
カイトさん、メイコさん、ミクさん……誰も、怒っていませんでした。
ただ心配されただけで、ただ優しくしていただいただけ――そう、誰1人として、私を怒ったり、罵る方はいらっしゃいませんでした。
「それで、諦めてしまったのでしょうか?」
歌うことは苦手です。人前で話すことだって苦手です。
でも、私はみなさんのようになりたかった。
歌で誰かの心を支え、歌で誰かの力になりたかった。
自惚れるつもりはありません。私は、みなさんより劣っています。
それでも、私は伝えたかった。
歌の素晴らしさを知って頂き、歌による感動を届けたかった。
ずっと、夢を見ていました。
ステージに立ち、熱気と興奮に包まれる日を。
ずっと、憧れを抱いていました。
みなさんと同じ舞台に立ち、頑張れる日々を。
「結局、夢は夢で終わりましたけど……」
そう、あの日で私の夢は終わった。
そう、あの時に私は夢を手放してしまったのです。
夢を見て、上を向いていた私は終わった。
情けなかった。悔しかった。
何故、歌えなかったのだろう?
苦しかった。悲しかった。
何故、歌えなかったのだろう?
私は、私自身を甘やかした。私は、私自身に失望してしまった。
みなさんの優しさに浸り、堕落する道を選んでしまいました――
◇
1度は手放してしまった夢。自ら止めてしまった歩み。
それでも、諦めきれませんでした。
それなのに、私は歌を諦めていませんでした。
歌うのは嫌なのに――
歌うのなんて、嫌なはずだったのに――
私はまだ、みなさんと歌いたいと願っています。
叶うはずない夢なのに、追いかけてしまいます。
譜面を追いかけている時、楽しかったです。
押入れの奥に隠しましたけど……。
だって、みっともないから。
歌っている時、とても楽しかったです。
誰にも聞こえないように、こっそりと歌いますけど……。
だって、恥ずかしいですから。
「コレだって、その惰性ですね」
仕事と仕事の僅かな合間。誰も家にいない時に、こっそりとやる私の楽しみ。
観客もなく、ステージもない。
これが、みんなさんと私の違い。覚悟の差です。
喉を慣らしながら、チューニング。うん、こんなものですね。
初めは難しかった作業も、慣れてしまえばどうってことはありません。
誰もいない家で1人。寂しく、ギターを弾く。
『ゆっくり歩こう、明日があるさ』
前を向けば何かが変わるのでしょうか?
私でも、変わることは出来るのでしょうか?
『大丈夫、私がいつも傍にいるよ』
誰か一緒にいて頂けるのでしょうか?
こんな私にも、傍にいてくれる方はいらっしゃるのでしょうか?
『アナタを離したりなんてしない』
私が傍にいても良いですか?
あなた達の家族だと、そう思っていても良いですか?
『ゆっくり歩こう、朝はくるさ』
明日は今日より素敵になりますか?
そこに、私を含んでもよろしいですか?
『大丈夫、心配なんてないよ』
本当にそうでしょうか?
心配をする必要がないのか、心配すら出来ないのか……現実はどこまでも冷たくて、正直です。
『アナタはいつでも1人じゃない』
それでも、明日を目指せるのでしょうか?
明日を信じて、努力するのでしょうか?
『瞳を曇らせずに、上を見て』
毎日何かが変わる。そんな激動の日々はいりません。
みなさんの歌を聞いて、みなさんのお世話をして、ほんのちょっと笑えれば良い。
そんな毎日が愛おしいのです。
『顔を伏せずに、前を向いて』
大輪を咲かせる花。心を魅了して離さない光景。
それも悪くはありませんが……。
道端に咲く、小さな花。それを美しいと思える心を忘れたくありません。
『アナタの声は風になる』
日常にある小さな幸せ。傍にある、小さな変化。
それに気付けなくなるのは悲しい。
『アナタの笑顔は太陽になる』
この歌は優しいですね。全てを受け入れてくれるようです。
『私は知っているよ』
大人しいメロディに、主張することのない歌詞。
ただひっそりと、ゆっくりと安心させる歌。
『信じて……』
みなさんのお手伝いがしたくて、ギターを覚えました。
でも、歌うことは出来ません。ごめんなさい。
みなさんの負担を減らしたくて、家事をやらせて頂いてます。
でも、歌うことは出来ません。ごめんなさい。
みなさんのお手伝いがしたくて、ピアノも覚えました。
でも、歌うことはできません。ごめんなさい。
みなさんの笑顔が見たくて、色々と頑張りました。
でも……それでも、歌だけは無理なんです。
『感じて……』
感じれば、悩まなくてすみますか?
信じれば、悩まなくてすみますか?
ウソ、ですね。
『だって、アナタは私の家族だから――』
私だってヴォーカロイドなのに、歌えません。
私はヴォーカロイドなのに、歌わない。
それでも、家族と呼んで頂けますか?
私は、この家にいてもよろしいでしょうか?
「ふぅ……やはり良いですね」
誰かの前で歌うなんて出来ません。
だって、下手ですから。
家族の前では歌えません。
だって、聞き苦しいですから。
誰にも、聞かれたくありません。
だって、自信ないんです。
だから、こっそりと練習します。
無謀なのは、分かっています。無茶だということも、理解しています。
それでも――
「いつか、みなさんと一緒に歌いたいです」
私の夢。たった1つの夢。
私の意味。ヴォーカロイドとしての意味。
いつか、遠い未来。ずっとずっと先で良いから、叶いますように。
◇
「お疲れ様ー」
ワゴン車2台を使っての大移動。私達にしては珍しく、バラバラになることもなく、同じ会場で歌うことが出来た。
ん~、あんだけ傍で聞かされたら、考えちゃうよね。
それにしても、メイコ姉さんやルカさんは凄いよ。
私はまだ、あんなに響く声を出せないよ。もっと、練習しないとね。
カイト兄さんと、ガクポさんだって凄かった。
男性特有だからと言われれば、終わりなんだけど。声の厚みが凄すぎるよ。
聞き慣れているはずなのに、お腹に響く音、ビックリしたもん。
他のみんなだって、個性がにじみ出てる。
ふふ、私だけ置いていかれるわけにはいかないもんね。
負けないよ。
「ミクさん、お疲れ様でしたっ」
そういえば、今回が初参加の家族もいたね。
「お疲れ様です、グミさん」
ガクポさんと同じ出身となる、グミさん。
2人ともガクッポイド、メグッポイドって本名があるのに、あまり好きではないみたい。
どうしてかな? 私は好きなんだけど。
「いやー、もう感動しっぱなしでした!」
勢いのある音楽に負けない声。どんな音量にも負けることのない声。
新人さんって言うには実力も、迫力もありすぎですよ。
「ヴォーカロイドの一員として迎えて貰えただけじゃなく、一緒に歌えるなんて。もう、感動で泣きそうでした!」
それにしても、相変わらずウチの家族は不思議だよね。
オーディションでもなく、事務所に雇われているわけでもないのに……みんな、自然と集まった。
誰に声をかけられたわけでもない、誰かに誘われたわけでもない。
何かに導かれるように、あらかじめ決まっていたことのように、あの家に集まってくる。
そういえばリンちゃん達は、気付けば一緒にお菓子を食べていたっけ?
ルカさんは台所でハクさんと料理をしていたし、驚いても良いよね?
――まぁ、私だって目が覚めたら部屋にいたし、今更だけどね。
家族が突然増えるなんて、普通じゃない。
だけど、慣れてしまえば気にならないし、何より楽しいから良いのかなって思っちゃう。
「みなさんに負けないように元気に頑張りますので、これからもよろしくお願いしますっ!」
元気。メグポさんを表す一言はコレで決まりだね。
明日からはもっと楽しい毎日が待っていそう。そんな予感がする。
「よろしくお願いしますね、メグポさん」
そのまま後ろの席へと移動する彼女を見送る。
それにしても、あのスタイルは羨ましい。
……そういえば、ハクさん何してるのかな?
ちょっと、心配だな。
あのライブ以降、顔を伏せてしまった彼女。
元気になって欲しい、笑って欲しい。いつもの困ったような笑顔ではなく、本当の笑顔を見せて欲しい。
そう願っているんだけどね。カイト兄さんに相談したら、周りがどうにか出来る問題ではないなんて言われちゃった。
勿論、私だって分かってるよ。まだ子供かもしれないけど、ちゃんと分かっているつもり。
きっかけなら私達が作れるけど……努力するのも、苦しむのもハクさんだもん。
せめて、せめて彼女が歌さえ歌ってくれれば、私でも手伝えるかもしれないのに――
◇
「あれ? どうしてココで止まっちゃうの?」
考え事をしていた私は、車が変なところで止まっていることに気付いた。
私達の家が見渡せる……そんな不思議な距離で車が止まっていた。
別にガソリンがなくなっちゃったわけでもないみたいだし、故障したわけでもないよね。
「ふふ……ミク、静かにしていられるなら付いておいで」
「別に騒いだりはしないけど、どこに行くの?」
眠ってしまった双子の子守をグミさんにお願いし、私達は車の外へ出る。
すっかり暗くなってしまった辺りから美味しそうな匂いや、楽しそうな会話が聞こえてきた。
いつも通りの時間に帰宅していたら、コレに出会うこともなかったのかなぁ。
みんなで食べるご飯。みんなが幸せを感じている一時。
って、あれ?
「これは、ギター?」
家族達の談笑に混ざり、静かに聞こえてくる音。多分、アコースティックだよね?
最近耳に馴染んできたこの音。そしてこの独特の柔らかい音は、ハクさんかな?
ちょっと自信がなかったけど、メイコ姉さんの笑顔で確信に変わった。
間違いない、弾いているのはハクさんだ。
そして、風にのって聞こえるのは……。
「時折練習していたのは知っておったが……ふっ、中々どうして。心に響いてくるではないか」
私の横ではガクポさんが感動し、涙を流していた。
もー、どうして、こうネタ体質なのかな?
ソレを治さないと、いつまでもメイコ姉さん達にいじめられるよ?
「彼女に必要なのは、自信なんだ。どんな時でも自分を信じ、家族を信じる。それさえ出来れば、彼女は歌える」
前を向いたまま、悔しそうにカイト兄さんが呟く。
その手が真っ白になるほど握り締められていて、私はちょっと安心した。
なーんだ、心配してたのはみんな一緒だったんだね。考え方や、やり方が違っても大切に思っていたんだよね。
家に近づく度に、ちょっとずつ大きくなる歌声。
迷っていたり、悲しい時の声に似ている。
泣きそうだったり、逃げたい時の声だよね。
でも、他にも何か温かくなるような思いも混ざっている?
そっと顔を出して、覗いてみる。
目をつぶったハクさんが、たった1人。縁側に腰掛けたまま、歌っていた。
声の大きさが不均一だったり、時々迷ったりしているみたいだけど――笑顔で楽しそうに歌っている。
誰が作ったのか疑いたくなるような稚拙な歌詞。カイト兄さんにも、メイコ姉さんにも作詞は分からないはず。
だけど、私だけはこのフレーズに聞き覚えがあった。
ちょっとだけ前に私が作った歌詞だから、ね。
あの頃はスランプ気味で、毎日がブルーだった。
毎日が苦しくて、泣き出しそうになって、どこかへ逃げたかった。
世界が色褪せて、自分の未熟さばかり目立って――消えてしまいたかった。
でも、そんな時に彼女が助けてくれた。
温かい言葉をかけてもらったわけでもない。叱咤激励されたわけでもない。
抱きしめられたわけでも、励まされたわけでもない。
ただ、ずっと傍にいてくれた。
何も言わずに、コッチが心配してしまいそうなくらい顔をして、傍にいてくれた。
歌いたいのに、歌えない。歌いたくなくても、歌わなきゃいけない。
頭の中でグルグルと周り、自分が誰かも分からなくなりそうだった。
気持ち悪くて、吐いちゃいそうで……その時になってやっと、一言だけくれた。
「歌は、楽しいですね」
ぎこちない笑顔で、泣きそうになりながら励ましてくれたの。
今更、何を言うのかって思ったよ?
ヴォーカロイドである私に、歌が好きで好きでたまらない私に、一体何を言うんだろうって思ったの。
でも、今なら分かる気がする。あの歌を歌ってくれている彼女を見れば、私にだって分かる。
凄く、怖かったはずなんだ。
人前で歌うことを止め、私達のバックアップに一生懸命だったハクさん。
どんなに忙しい時も、体調が悪い時だって、心配すらさせてくれなかったハクさん。
ずっと傍にいて、お喋りもせずに影のように支えてくれた。
そんな彼女が、声をかけてくれたんだ。
好き勝手やっていた私を、励ましてくれた。
自分がやりたかったことを、好き勝手している私を、励ましてくれたんだ。
もし、私が同じ立場だったら、そんなの無理だよ。
自分がやりたくても、我慢していること。過去に挫折してしまったこと。
ソレを好きにやっている人が落ち込んでたら、私には励ますなんて出来ないよ。
慰める以上の励まし方なんて、出来るわけないよ。
まぁ、そんなこともあって、私はハクさんの言葉で気付けたんだ。
歌えないから、苦しんでるんじゃない。
歌わないから苦しいの。
音が出なくて、苦しんでいるんじゃない。
音を出さないから苦しいの。
何よりも、楽しめていなかったからこそ、あんなにも苦しんだの。
楽しいはずの歌が義務になり、嫌だなぁなんて思っちゃったから苦しかったんだって。
その後、ハクさんにお礼の意味を込めて歌を送った。
だって、前を向いて欲しかったから。
生きるって楽しいんだよ?
だって、彼女の歌が聞きたかったから。
つまんないことなんてないよ?
◇
「こっそり練習してたのは知っていたけど、随分と上手になったな」
「ここまできてしまえば、後は本人次第ね。それが1番難しいのだけど……」
カイト兄さんと、メイコ姉さんのお墨付き。それで上手くないなんてことが、あるはずない。
そもそもハクさんは歌唱力だってあるし、声の迫力だってばっちりなのになぁ。
「私、一緒に歌いたいな」
そっか1人でダメなら、2人でやれば良いよね?
苦手なことだって、2人一緒ならきっと出来る。
一緒に歌おうよ――
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