テーマ；時計 - 雨の降る日に

「もう、３時ですか」
明日も学校があるというのに……そろそろ寝ないと、大変なことになりますね。
こんな暗闇で悩んでいても、進展はないでしょうし。かといって、放棄することも出来ません。
この問題は私にとって重要な意味を持ち、また出来る限り早めに解決するほうが望ましいことです。
「まぁ、望ましくても、それを実現できるかどうかは別ですが」
思考が随分とにぶってきた。やはり、この小さな体には、想定以上の睡眠時間が必要なのでしょうか？
まったく、こういう時には不便ですね。
「時間は有限であり、課題は無限ですか」
うまいことを言えたと思う。何の解決にもならないけど、小さな満足感だけは得られた。
もっとも、私はこの小さな満足感だけを糧に生きていけるほど、殊勝な人間でもありませんが。
「もう、良いです。なのはママに心配をかけない為にも、そろそろ寝ましょう」
優しくて、お人よしで、涙もろいあの人の為にも、私は明日を笑顔で迎えたいから。
睡魔に任せて、思考の流れを止めてしまおう――

　　　　　◇

時間は戻ることなく、常に前にのみ進んでいる。
時計の針は右回転しかしないように、時が進む方向も常に一定。
早くなることも、遅くなることすらない。ただ一定のリズムで、進み続けるだけ。
悩んだり、落ち込んだり、立ち止まったり。進みが遅くなってしまう私とは、全然違いますね。
時の流れに沿って生きているはずなのに、どうしてこんなにも違うのでしょうか？
私には、前だけを向いて進むことは出来ないのでしょうか？
「悩みがあるのは大切なことで、現状を変えようと努力している証です。しかし、答えの出ない悩みに、意味はあるのでしょうか？」なのはママを傷つけ、戦った過去。
その時、私は聖王として覚醒しました。この小さな体には似合わない、成長した心を持ってしまいました。
その心は今もなくなることなく、時に私を悩ませ、時には私を助けてくれます。
けど、子供としてみてくれている、なのはママにとってはどうなのでしょうか？
こんなにいびつな私。どこかで間違ってしまうかもしれない私。
その心を見せても、優しく名前を呼んでくれるでしょうか？　私に、笑いかけてくれるのでしょうか？
「その時を想像し、事前の対策を打つことは大切です。けど、悲劇しか見えない場合は、想像しないほうが賢いのでは？」
何も知らず、なのはママ達と楽しく過ごした過去。
あの時はまだ、私も子供のままでいられました。記憶を失った、何も理解していない、そんな子供でいられました。
なのはママとフェイトママ。その２人に見守られて、幸せしかない毎日を過ごしていたんです。
守られることを甘受して、何も悩むことはなく笑顔を見せて、全ての出来事を正面から受け止められました。
しかし、今の私には出来ません。
このいびつな心が教えてくれます。かけられた言葉の、裏の意味を。
このいびつな心が怯えています。親切の裏側に潜む、悪意の影に。
素直な心のままで受け取るなんて、子供としては当たり前のことが出来なくなりました。
「大人びていることは、悪ではありません。しかし、生意気な子供が好かれることはないでしょう」
何も分からないまま、下水道を彷徨っていた過去。
理解せずに力を行使し、その記憶すら失っていた時。
何も考えられず、ただ明るいところを探して彷徨っていたあの時。
自分が何者かなんて、悩みもしなかった。そんな余裕はなかった。
ある種、１番人間らしかったのかもしれない。
「一生懸命に、何かに取り組めるのは素敵なことです。けど、生き抜くためだけに必死になっているのは、素敵とは言えませんよね？」
そして、もっと古い。本当の私の生きていた、古代ベルカのこと。
いつか、思い出す日がくるのかな？
今の幸せと、過去を比べるような、そんな日がきてしまうのかな？
古代ベルカに戻りたいと願ってしまうような、そんなことを思い出さないか心配。
自分の命よりも大切な、そんな約束を思い出したりしないだろうか？
「古きベルカを懐かしむ、それはそれで良い事なんでしょう。しかし、思い出に囚われてしまうのなら、意味がありません」
ふぅ……本当に子供とは思えない悩みですね。なのはママが知ったら、どれだけ驚くでしょうか？
ちょっとだけの好奇心を満たす為に、そんなリスクは背負えませんがね。