テーマ：芽 - 雨の降る日に

のんびりとした時間を過ごせる幸せ。日常を繰り返していける幸せ。
私達が守ろうとしている、守っていくべき平和。
その中で起きることは、世界的に見れば小さなこと。
些細であり、事件につながることもなく、歴史に触れることさえない出来事。
だけど、私達個人にとっては譲ることが出来ず、また避けることも出来ない出来事。
私達だけの平和に影響し、私達の周りにだけ影響を及ぼすもの。
そのきっかけを作るのは私達の心であり、結果を引き起こすのは私自身の行動だったりする。
「ねぇ、フェイトちゃん。どうしていつも、なのはを助けてくれるの？」
「どうかしたの？」
そんな感じで、今日もまた些細なことから問題を起こしていた。
気にしなければ良い。その程度の問題なのかもしれない。忘れておけば、荒立てることもなく流しておけば、誰の目にも触れずに済んだ。
「ううん、ちょっと気になっただけなんだけどね。フェイトちゃんだって忙しいのに、どうしてなのはばかり助けてくれるのかなーって」
「うーん、そんなつもりはないんだけどね。私だって、なのはに助けてもらっているし。そのお礼みたいなものだよ？」
今の私の質問にしても、私が勝手に思い込んでいるだけで、第三者から見ればとても簡単な話なのかもしれない。
だけど、私には自力で解決することは出来ず、結局のところフェイトちゃんに頼ってしまっている。
「けどけど、執務官て大変でしょ？　別の次元に行ったりもするし、負担になってないかなって、心配になるの？」
「負担になんてなるはずないでしょ？　私が好きで、なのはの手伝いをしているんだから」
「うーん、けどやっぱり不思議なの」
大変だと分かっているのなら、私だけで解決できればいいのに。解決しようとあがけばいいのに。
いつも、何かと理由を作っては、フェイトちゃんに相談している。
「なのはが不思議だと感じていることが、私には不思議だよ？　さっきも言ったけど、私が好きでやっているんだから、気にしなくて良いよ？」
「うーん、けど、やっぱりダメ。なのはばかり助けてもらっているのは、こう悪いというか、居心地が悪いというか。フェイトちゃんに依存しているみたいで、甘えているみたいで、なんか納得いかないよ」
それが甘えだって分かっている。依存して、迷惑をかけているんだって自覚はある。
けど、相談した時のフェイトちゃんの顔を見れば、これで良いのかなって、心が揺らぐような笑顔なんだもん。
そんな笑顔を向けられたら、甘えているのも悪くないのかなーなんて、都合の良いように考えてしまう。
「……なのはって、変なところで頑固だよね」
私が心の中でやっている葛藤は、フェイトちゃんに知られるわけにはいかない。
甘えても良い、頼っても良い。そんなふうに言ってくれる彼女だからこそ、私の心から出てこないように、伝わってしまわないように気をつけなきゃね。
「もー、どうして笑うのかな？　私は真剣に悩んでいるんだよ？」
「ごめんごめん。悩んでいるなのはが可愛くて、ついね」
「褒めても何も出ないし、からかっても何も出ないよ？」
もっとも、私が甘え上手というよりも、フェイトちゃんが甘えさせ上手なんだけどね。
全てを受け入れたうえでも、微笑んでくれそうな。全てを知ったうえでも、好きでいてくれそうな。そんな雰囲気を持っている。
私だって、それなりに努力はしているはずなんだけど。フェイトちゃんの笑顔の前では、全てが狂ってしまう。
どれだけ冷静であろうとしても、どれだけ落ち着いていようとしても、フェイトちゃんの笑顔で幸せになりすぎて、全てを忘れてしまう。
「それは残念。けど、もういっぱいもらったから、大丈夫だよ」
「はぁ……フェイトちゃんはいつも、どうしてそんなに嬉しそうにしてくれるのかな？」
フェイトちゃんの笑顔からは、幸せが伝わってくる。
肌で触れ合う以上に、一緒にいるだけで幸せなんだよって、私に伝えてくる。
どうしてこう、表現方法が可愛いの？　どうして、なのはの理性を壊そうとしてくるの？
「え？　だって、なのはと一緒にいられるんだよ？　向かい合って喋って、手を触れられる位置にいて、笑顔を見せてもらえて。それなのに嬉しくないなんて言ったら、神様に怒られちゃうよ」
今日こそは冷静に、自分自身を見つめようと思っていたのに。
フェイトちゃんとの今後の為、今以上に幸せを感じてもらう為に、どうすればいいのか相談しようと思ったのに。
それに触れることなく終わってしまいそう。
「――反則だよ」
ただ、それでもいいのかなって思っている辺り、今の幸せに満足しているのかな？
「ん？　何か言った？」
「その笑顔は反則だよって、そう言ったの」
けど、私以上に幸せになるべき人が苦労している以上、またいつか同じ悩みが出てくるんだよね。
その時になって慌てなくても良いように、失敗しないように、何か考えなきゃいけない。
「えーと、良く分からないんだけど」
「なのはは色々と悩んでました。このままでいいのかなって、かなり悩んでました。それなのに恋人であるフェイトちゃんは、あっさりとなのはの悩みを解決してしまいました」
私の悩みは、幸せになる為の手段を探すこと。
だからこそ、幸せを感じてしまった瞬間に、悩みが消えてしまう。
「なのはが幸せになるしかない、幸せを感じる以外に方法のない笑顔で、悩みを忘れさせてしまいました。ずるいです。とってもずるいです」
それ自体は嬉しいことだし、恵まれていることだと思うけど、本当は満足しちゃいけないんだよね。
もっと先を見据えて、これからもずっと一緒にいられるように、笑っていられるように計画を立てないと。
「そんなこと言われても、困るんだけどなぁ」
「フェイトちゃんはズルいんです。罰として、今日は一日中、なのはの傍にいて下さい。お風呂も一緒に入って下さい」
「……それ、いつもと変わらないよ？」
けど、今日はもういいた。このまま日常に溺れてしまおう。
焦るようなことではなく、急ぐべきことでもない。いつか、その時が来るまでに決めればいいのだから。

　　　　　◇

「それにしても、フェイトちゃんは神様を信じているの？」
「んー、そういうわけでもないんだけどね。信じても良いのかなって、最近思い始めたの」
フェイトちゃんは、悲しい過去を背負っている。目を背けたくなるような、寂しくなってしまうような過去を背負っている。
彼女は強いから、それから逃げることはしない。大切な思い出だからって、手放すことはしない。
だけど、やっぱり心の負担にはなっているはず。
少しでも減らしてあげたいし、一緒に背負えるものなら背負ってあげたい。
ただ、そんな過去があるのに、神様を信じられるのは凄いことかもしれない。
「この世界、特にミッドチルダは魔法が存在していて、科学だって随分と進んでいる。だけど、それだけでは説明出来ないことだって起きることがある」
魔法が存在して、それを使えるだけの技術があって、それと相乗するように科学技術も向上した。
私の出身である地球とは違い、フェイトちゃんはそんな未来的な世界で暮らしていた。
「私となのはが出会えたのだって、奇跡と呼んで良いことなんだよ？　それなのに、神様を信じない、感謝しないって言うのは少し意地悪だと思うんだ」
そんな所でも、問題は起きる。悲しい事件は起こってしまう。
確かにフェイトちゃん自身が生まれるきっかけにもなったのかもしれないけど、それでも少しくらいは恨み事を言っても良いんだよ？
なのはにだって、フェイトちゃんを受け止めるくらいの力はあるんだよ？
辛い時や、悲しい時は、傍にいるよ？
「勿論、良い結果に繋がるように私だって努力はしていくし、全部を神頼みにするつもりはないんだけど。ただ、やっぱり予想もしていない所から良いことが聞こえてくると、神様がいるのかなーって。そんなふうに思えるんだ」
それなのに、どうしてそこまで真っ直ぐなのかな。真っ直ぐなままでいられるのかな？
それが分からない私には、フェイトちゃんが眩しいよ。傍にいられる幸せと同時に、言い表しようのない罪悪感にさいなまれてしまう。
そのうえで眩しい。
うぅ、さっき我儘を言ってしまったこの口が憎いよ。こんな聖女みたいなフェイトちゃんに、なんて我儘を言ったんだろう。
「なら、なのはも頑張ろうかな」
どれだけ後悔しても遅いけど、結局私がやれることは変わらない。
「けど、私の我儘や理想に、なのはを付き合わせるのは悪いよ」
「だって、フェイトちゃんが目指したい世界でしょ？」
優しさがあふれて、肌で感じられそうな世界。
そんな世界になることを夢見るのは、理想を語るのは、我儘なんて言わないんだよ。
「なのはもそこにいたいから、フェイトちゃんと一緒にそこにいたいから。なのはが目指すべき世界でもあるんだよ」
フェイトちゃんの隣にいられれば、なのはは幸せになれる。フェイトちゃんと一緒にいられることが、なのはの幸せ。
なら、今度はお礼をしないとね。
フェイトちゃんと出合わせてくれたこの世界と、私達を応援してくれている全ての人が幸せになれるように。なのはに出来ることを、頑張らないと。
みんなの笑顔が増えるように、しないとね。私達だけが幸せになっても、意味ないから。
「フェイトちゃんに負けないくらい、フェイトちゃんとの夢を支えられるように強くなるよ」
フェイトちゃんは、フェイトちゃんに出来ることを頑張る。私は私に出来ることを、教導を頑張る。
みんなが平和の為に頑張れば、笑顔の為に頑張るのなら、この世界で流れている涙を減らすことが出来るはずだから。悲しい物語だって、止められるはずだから。
明日からは、今まで以上に頑張ろう。
みんなにこの気持ちが伝わるように、変わっていかなきゃ。