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大きな変化もなく、繰り返される日常。大きな事件が起きることもなく、繰り返される日常。
ただ、人の心における変化は頻繁にあり、それに伴う行動も起きている。
まぁ、何が言いたいかと問われれば、アタシがすずがにプレゼントを贈るのは、日常の一部であると主張したいだけ。
特別なことでもなく、非日常的なことでもなく、日常としての変化だと言い切りたいの。
だから、こんなふうに質問されても困るのよ。これといった理由もなく、日常として見ている訳だから。
「どうしたの? プレゼントは嬉しいけど、今日は記念日だったかな?」
アタシの目の前にあるのは、不思議そうにしているすずかの顔。
いつもとは違い、ちょっと憂いを含んだ表情は魅力的で、見とれてしまいそうになる。
もっとも、今のアタシにそんな余裕があるはずもなく、どうやって誤魔化すのか。すずかにプレゼントを受け取ってもらうのかという、その1点しか考えていないのだけど……。
「別に記念日でもない、普通の日よ」
もっとも、咄嗟に言い訳が出来るほどアタシは器用ではないし、すずかも思っていないはず。
ただ、出来ないと分かっていることと、出来ないからと諦めてしまうのは全く別。
すずかが理由を欲しがっているのなら、アタシは何か理由を探さないといけない。
「なら、どうしてくれるの?」
「いつも傍にいてくれるから。なんていうか、恋人でいてくれるお礼よ」
我ながら、あまりにも弱いわね。理由と呼べるようなものではないし、動機と呼ぶには弱過ぎる。
もっと良い伝え方はごまんとあるはずなのに、こんな時に限ってアタシの頭は休憩中。考えようというそぶりすら見せない。
分かっていたことではあるけれど、どうやら口だけでこの状況を乗り切らないといけないみたいね。
「この前、街に行った時たまたま見つけたのよ。それで……その、すずかがつけたら似合うかなーって思って。だから、プレゼントしようかなって」
ただし、重要なことを忘れてはいけない。
アタシけして口の上手な方ではない。どちらかと言えば、説明するのは下手で、聞き手側にかなりの理解力を要してしまう。
いつものすずかであれば、さっきの言葉からでも読み取ってくれて、導いてくれる。
だけど、今回は説明しているアタシも、説明を受けているすずかも混乱しているから、そんなことは望めない。
どちらかと言えば、より混乱が深まっていくだけ。
「アリサちゃん、それ理由になってないよ」
「何よ、ちゃんとした理由じゃない。似合いそうだから、買ってきたのよ」
どうして分かってくれないのかしら? どうして、ちゃんと伝えられないのかしら?
胸の内でぐるぐると回っている思いを、そのまま伝えれば分かってくれるはずなのに、どんな言葉で伝えればいいのかが分からない。
はぁ、学校ではそれなりの成績を残せているって言うのに、日常生活では全くと言っていい程に役に立たないわね。
アタシはただ、この胸の中にある気持ちを伝えたいだけなのに。難しいことは望んでいないはずなのに。
どうして、上手くいかないのかしら?
「うーん、でも私だけが受けとるわけにはいかないよ」
そして、当然と言うべきか。アタシがはっきりしていない状況では、すずかが受け取ってくれるはずはない。
優しくて、アタシの我儘を受け入れてくれる彼女だけれど、意外なところで頑固なのもまた事実。
こんなふうに理由もなくプレゼントを贈ろうとすれば、やんわりと、それでいて譲ることのない拒絶を示すのだ。
過去に何度か同じような目にあっているし、対策を立てようとはしているけれど、成功した試しはない。
口先だけで誤魔化そうとすれば、今回もまた断られてしまうだろう。
もっとも、そんなこと易々と認めるわけにはいかないわ。
「何よ、アタシからのプレゼントじゃ気に入らないって言うの?」
これでもすずかの好みは把握しているつもりだし、それなりには自信もある。
だから、気に入らないと帰される心配は殆どないんだけど――この頑固者め。素直に受け取りなさいよ。
「違うよ。アリサちゃんからのプレゼントは嬉しいんだけど、私だけ貰うのは悪いよ。私も贈りたいし、また今度じゃダメかな?」
「アタシに持って帰れって言うの? そんな情けない真似、お断りよ!」
プレゼントを準備して、渡すことが出来ずに持ち帰る。
昔のアタシならやっていたかもしれない。恥ずかしさに負けて、渡せずに涙を呑んでいるのかもしれない。
けど、今のアタシは違うわよ? 過去のアタシが憧れたままに、未来のアタシに誇れるように行動するって、そうきめたんだから。
必ず受け取ってもらうわよ?
「けど、私だけが受けとるわけにはいかないよ。アリサちゃんにも何か贈らないと」
ホント、この子だけは。何度言えば分かるの? それとも、わざとやっているわけ?
アタシが怒り出すのなんて分かっていることだろうし、その上でグダグダ言うなんて、いい度胸じゃない。流石はアタシの恋人練って褒めてあげたいところだけど、今回は素直に受け取って欲しいのよ。
「あーもう、ごちゃごちゃとうるさいわね。そんなのどうだって良いでしょ?」
ただ、アタシはそれを素直に伝えることが出来ず、伝えられないからすずかも受け取ってくれない。
アタシが素直になれば、ちゃんと伝えられれば終わるはずなのに。どうしてこう、難しいのかしら?
落ち着いたままでも伝えられるように、勢いに任せなくても言えるように、変わらなければいけない。
そんなことは分かっているけど、急に変わるのは無理よ。せめて、ちょっとずつ変わるとかでないと、ね?
「うーん、そういう問題じゃないよ? やっぱり対等じゃないと、お姫様と王子様は同じステージに立たないとダメなんだよ」
だから、今回は許して欲しい。勢いに任せて、勢いに任せないと告げられないアタシを許して欲しい。
頑固な王子様を説得すれば、プレゼントを受け取らせれば、アタシの目的は叶えられるのだから。
「うるさいのよ」
幸せの為になら、我儘にもなってみる。全力で、我儘を言ってみる。
話が繋がらないとか、支離滅裂だとか、そんなのはどうでも良いの。
今この時、すずかに想いを伝える以上に大切なことなんでない。それ以外を考える必要なんてないのよ。
「ホント、うるさいのよ。どうして、そうなるの? なんで、そんなものに拘るの? アタシには全然分からないわ」
分からない、分かろうと思えない。絶対に分かってあげない。
どうして、そんなふうに考えてしまうのか。どうして、怯えているのか。
そんなの、絶対に分かってあげない。
「理由だとか、対等とかどうしてそんなものが必要なの。恋人にプレゼントを贈るに、どうしてそんな言い訳がいるのよ! 好きだから贈るの、贈りたいから贈るのよ!」
理由なんて必要ない。言い訳なんか、どこにも必要ないの。
すずかに似合いそうなアクセがあって、それを身に付けたすずかが見たくて、ついでに喜んでくれればいいなー程度しか考えていないんだから。
難しく理由を、どれだけ問われようとも、立派な理由は出てこない。
「普段、アタシに向かって言ってるくせに、何で遠慮しようとするのよ。ありがたく受け取りなさい!」
王子様だからとか、大切だからなんて、可愛らしい理由でプレゼントをくれるすずか。
何も悩まずに受け取ってしまう、アタシにも問題はあるのだろうけど――どうして、アタシからのプレゼントは受け取れないわけ?
すずかからのプレゼントはちゃんと受け取っているのよ?
それこそ、対等だのバランスだのと気にするなら、ここは大人しく受け取っとくべきでしょ?
◇
「アリサちゃんも頑固だね」
プレゼントを受け取る、受け取らない。その問答の末に彼女が出した答えは、アタシとそっくりのものだった。
「すずかには言われたくないわよ。あまり意地を張ってると、その内押し切るわよ?」
すずかの頑固は、アタシを気遣ってのもの。自分の為でなく、他人の為に譲れない気持ち。
ただ、自分自身のことを度外視している為、周りの方が慌ててしまうほどに危なっかしい。
もう少し、自分に甘くなり、巧く付き合えるようになれば良いのにね。
対して、アタシの頑固は、自分自身の我儘を起因とするもの。多少は相手のことも考えているけど、やっぱり自分ありきになってしまっているところがある。
相手がすずかでなければただの我儘だし、もう少し控えるようにしなければいけない。
まぁ、徐々にでも改善して、1年後くらいには懐かしめるように努力するわ。
「どうしてかな? 似なくても良いところばかり、一緒になっちゃうよね」
「そうね。けど、そういったところが似ているからこそ、気が合うのかもしれないわよ?」
理想通りに行くのであれば、お互いの欠点を埋め合うようにするのが良い。
そうすれば大体のことには対応出来るし、衝突することもなく過ごせるのかもしれない。
ただ、そんな予定調和な人生は面白さには欠けていそうで、山があろうとも谷があろうとも、今の方が楽しいに決まっている。
「そっか……うん、そんな考え方もありだよね」
似た者同士だからこそぶつかり、傍にいて相手を感じられるのかもしれない。
最も、アタシとすずかでは随分と違っているところがあるし、どちらかと言えば頑固という点を除けば共通点なんてないんじゃないの?
「ま、何にしても、すずかは大人しくプレゼントを受け取りなさい。大した意味はないけれど、受け取ってもらえないのは悲しいわ」
このプレゼントには大きな意味はなく、何かを変えようとも思っていない。だから、あんまり構えられても困るのよね。
まったく、すずかが断ったりしなければ、さらっと渡せたのにな。
「なら、私からの贈り物はまた今度渡すね」
「期待して待っているわ」
別にそういう意味ではないのよ? 良い物が欲しいって、催促している訳じゃないのよ?
ただ、こう言っておかないとすずかは落ち込むし、どうせなら楽しみにしたいじゃない?
……言い訳すべき相手はいないんだけど、弁解しておかないと変なところで落ち込んでしまいそうね。我ながら、難儀な性格だわ。
「けど、久しぶりにアリサちゃんに怒られちゃった」
「何よ、アタシは悪いことしてないんだから、当然でしょ?」
そりゃ、怒りたくもなるわよ。
こっちだって恥ずかしさとか、その他色々と乗り越えているって言うのに、渡そうとした相手に断られたのよ?
それも、気に入らないとか、そんな理由ではなく。対等じゃないからなんて、訳の分からない理由で。そんな下らない理由で、このアリサさんが退けるわけないでしょ。
まったく、手のかかる子ね。
まぁ、そんなところも可愛いんだけど、もう少し良い意味で我儘になって欲しいわ。
そう簡単にいかないから、常に恋をするのよね。ホント、困った子だわ。
――アタシの心以上のプレゼントは、存在しないのよ?