リンクフリーです。
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◇を@に変えて下さい
うん、これが普通だよね
(・x・) 私の出番か?
(・w・) もう少し待ってください、エイラさん
そんな感じで、けいおん!です
あずむぎですよー
終業のチャイムが鳴り響き、騒がしくなっていく構内。
掃除をしている生徒達の間を抜け、部室を目指していた私は、見慣れた姿を発見した。
「むぎ先輩、お疲れ様です」
「あら、お疲れ様、梓ちゃん。これから部室かしら?」
同じ軽音部に所属する、琴吹紬先輩。
いつも微笑んでいて、傍にいるだけで安心出来るような、優しい女性。
ただ、ところどころズレているところがあって、のんびりとしている女性でもある。
「はい、今日も頑張りましょう」
「あらあら、元気いっぱいね」
実は正真正銘のお嬢様で、本当ならこの高校に通っているのは少しおかしいのかもしれない。
だけど、そのおかしさのお陰で出会えたのなら、私は運命に感謝するでしょう。
「……私の顔、何か付いているかしら?」
「あ、いえ。別にそんなことはないですよ」
むぎ先輩の横顔を見つめて、思い出すのはつい先日のこと。今のこの幸せが始まった、そんな瞬間。
「ただ、そのなんと言いますか。本当に恋人になれたんだなーって」
一世一代の決心をし、告白をした私。
女の子同士だし、住む世界の違う人だから、正直なところ断られて失恋すると思っていた。
拒絶されることはなく、やんわりと断られるものだと勝手に思い込んでいた。
「ふふ、まだ実感がないかしら?」
ただ、現実は私の想像を良い方向に裏切って、結果はOK。
私は晴れて、むぎ先輩の恋人になることが出来た。
そう、何の問題もなく恋人になれたはずなのに――
「えーと、そうですね。何だか夢の中にいるみたいで、不思議な気分です」
私にはその実感がない。返事を貰えた時、受け入れてもらえた時は、泣いてしまうほどに嬉しかったのに。
今現在、こんなふうに横に並んでいても、一緒にいるいていても実感がない。
「今が現実だと分かっているのに、気付いたら消えてしまいそうな、何もなかったことになりそうで」
隣に並んでいることは事実で、夢の中の出来事でないのは確かなのに。実感を持つことが出来ない。
ふとした瞬間に覚めてしまいそうな、全てがなかったことになってしまいそうな、そんな不安が付きまとっている。
「ちょっとだけ、怖いのかもしれません」
むぎ先輩と、本当に恋人になれたのだろうか?
今は夢の中で、現実の私は断られているのでは?
今は夢の中で、現実の私は告白すらしていないのでは?
そんな不安が私の心を捉えて、離してくれない。ぎゅうぎゅうと締め付けてきて、今も心が悲鳴をあげている。
「そう。梓ちゃんも同じ気持ちなのね」
「むぎ先輩もそうなんですか?」
「ええ。実を言うと、私もちょっとだけ怖いの」
正直、意外だ。不安がなさそうな、現実を知って微笑んでいるような、そんなむぎ先輩でも怖いんだ。
「ふとした時に目が覚めて、今の幸せが泡のように消えてしまう」
幸せがなくなってしまう。今ここにある幸せが、全て消えてしまう。
手の中をすり抜けて、私の幸せがなくなってしまう。
「そんな怖さが、ずっと傍にいるわ」
「そう、ですか」
なんだか、ちょっとだけ安心したな。不安に感じているのは、私だけじゃないんだ。
むぎ先輩も、不安を感じているんだ。
あんまり良いことではないのかもしれないけど、ちょっとだけ嬉しいな――
◇
「どうすれば、消えるのでしょうか?」
不安と、怖さと。恋人になる前には想像もしていなかった、障害。
冷たく感じるものが傍にある限り、私は安心することが出来そうにないです。
「んー、やっぱり、難しいと思うわ」
「そうなんですか?」
むぎ先輩なら、何か良いアイディアを持っているような気がしたのに。
どうしようもないのでしょうか? この不安を抱えたまま、恋愛をしていくしかないのでしょうか?
「やっぱり、不安な気持ちは消せないと思うの」
不安を消すことは出来ない。怖さをなくすことは出来ない。
けど、このままでは恋愛に集中出来ません。
「一時的に薄れたり、なくしたりは出来るけど、消し去ることは難しいと思うわ」
折角、むぎ先輩の恋人になれたのに、どうしてこんなことになるのでしょうか?
幸せを幸せだと、そのまま受け取ることは出来ないのでしょうか?
「恋をして、実らせて。それでも恋をし続けていく限りは、不安になる気持ちと上手に付き合っていかないとね」
「……そうですね。やっぱり、不安な気持ちは消せないんですね」
恋をする限り、どうしても不安になってしまう。
恋をしているからこそ、怖いと感じる。
嬉しいことと、嫌なこと。その2つが同時に存在するんですね。
「けど、考え方を変えれば良いのよ」
「考え方を変える?」
そんな方法があるのでしょうか?
考え方を変えるだけで、どうにか出来るのでしょうか?
「不安や寂しさを、ずっと消すことは出来ないわ。だけど、一時的に薄れさせたり、消すことは出来るのよ?」
確かに、一時的に消すことは可能です。
こんなふうに傍にいれば、むぎ先輩をずっと感じていられるのなら、不安を感じることはありません。
「こんなふうに2人で一緒にいて、傍に感じている限り、不安は薄れるでしょ?」
そう良いながら、こちらに向けられる満面の笑顔。
優しくて、柔らかくて、私の大好きな笑顔。ずっと見ていたい、笑顔。
「ね? どうかしら?」
「は、はい」
うぅ……そんな笑顔で見ないで下さい。
不安や寂しさなんて逃げ出して、恥ずかしさで爆発しそうになりますよ。
「それに、ほら。こうすればいいのよ」
そういって、そのまま私の頭を抱きかかえるむぎ先輩。
何をされるのかなと思っていたら――えーと、気のせいでなければキスしませんでした?
私の頭というか、髪の毛というか。とにかくキスしませんでした?
しましたよね? 今、絶対キスしましたよね?
あまりにも自然にされたので、抵抗できませんでしたけど。いや、抵抗する必要はないんですけど。キスしましたよね?
「こんなふうに触れ合う時間を大切にしていけば、不安に負けたりすることはないわ」
「ひゃいっ」
か、噛んじゃった。
むぎ先輩は格好良く決めてくれたのに、私が台無しにしてしまった。
「うふふ、いきなりこんなことをされてビックリした?」
「当然です。何を考えているんですか?」
当然、ビックリしますよ。
心の準備が出来ていないところにキスですよ?
私でなくても、ビックリします。
「えーと、こうしたいなって、そう感じただけよ?」
感じただけ。そういわれても、困るんですけど。
「もしかして、嫌だった? ごめんなさい、梓ちゃんの気持ちも考えないで」
「あ、いえ。そんな嫌だとか、そんなことはないんですよ? ほんと、ただ驚いただけで」
胸の中にぽかぽかと広がる。むぎ先輩から感じている温かさそのものが教えてくれる。
私は喜んでいるんだ。むぎ先輩にキスされて、むぎ先輩の温かさを分けてもらえて。
不安を追い出すほどの、寂しさを感じられなくなるほどの、大きな幸せをもらえたから。
「けど、このやり方はちょっとだけ不公平ですね」
「あら、そうかしら?」
私だけが幸せを貰ってしまった。私はむぎ先輩の恋人なのに、私だけが貰ってしまいました。
そんなのは嫌です。
「私は、その、むぎ先輩にキスされて嬉しいですけど。むぎ先輩はどうするんですか?」
キスをしてもらっただけで、私からは何も贈れていない。
温かさも、優しさも、私が貰っただけ。私は、むぎ先輩に何も贈れていない。
「私は、まだ何も贈れていませんよ? むぎ先輩の不安を、寂しさを消せてないですよ?」
私だって、むぎ先輩の不安を消してあげたいです。
私だって、むぎ先輩の寂しさを消せるような、そんな何かを贈らせて下さい。
「大丈夫よ。私もきちんと貰っているから」
本当にそうでしょうか? むぎ先輩は優しいから、遠慮していませんか?
私達は助け合う存在のはずなのに、遠慮なんかしないで下さい。
「梓ちゃんと歩いている時に、梓ちゃんとお喋りをしている時に、梓ちゃんが傍にいてくれる時に。言葉では表せない、大切なものを貰っているわ」
「けど、私だって、私もむぎ先輩に何か贈りたいんです」
傍にいて貰えるもの。傍にいることで得られる温かさ。
むぎ先輩が感じている以上に、私は幸せを貰っているはずなんです。
だから、私もむぎ先輩に幸せをプレゼントしたいんです。
「うーん。なら、こうしましょう」
そう言って、そのまま手を伸ばしてくるむぎ先輩。
動作の1つ1つが絵になって、見惚れている私は身動きが出来ない。
「今度のキスは、梓ちゃんの唇に。この可愛らしい唇で受けて頂戴」
「は、はい」
そして、つられるように返事をしてしまう。いや、正確にはしてしまった。
今度は髪の毛ではなく、私の唇にキスを……。
つまり、ファーストキスがお望みですか。
「うふふ。その日を楽しみにしているわ」
ふふふ、その時は私も覚悟を決めておきますよ。
どの道、私の唇はむぎ先輩に奪って頂く予定なんです。今度は慌てることなく、堂々と受けて見せます。
バッチリ準備をして、驚かせてあげますよ。
――帰り道、本屋に寄らなきゃ